(日経新聞2010/6/1より)
区が出資して公有地の取得などを手掛ける足立区土地開発公社(東京・足立)が,購入した工業用フッ素工場跡地に有害物質のフッ素が含まれていたとして,売り主のAGCセイミケミカル(神奈川県茅ケ崎市)に汚染除去費用を求めた訴訟の上告審判決で,最高裁第3小法廷(堀籠幸男裁判長)は1日,AGC社に約4億5千万円の支払いを命じた二審・東京高裁判決を破棄し,同公社逆転敗訴の判決を言い渡した。土地の売買契約を結んだ1991年当時,フッ素は有害と考えられておらず,2003年施行の土壌汚染対策法で汚染原因物質に指定され,改めて同公社が調べた際にフッ素汚染が判明した。契約時には売り手,買い手とも有害と分からなかった物質による汚染が,民法上の「隠れた瑕疵」に当たるかどうかが争点だった。
堀籠裁判長は判決理由で「売買契約の当事者間でどのような品質が予定されていたかは,契約締結当時の社会通念を斟酌して判断すべきだ」と指摘。フッ素が有害と認識されたのは契約締結後で「基準値を超えるフッ素が含まれていても瑕疵には当たらない」との判断を示した。
一審・東京地裁判決は「契約後に生じうる瑕疵について,売り主が半永久的に責任を負うことになり,当事者間の公平を失する」として公社側の請求を棄却。 二審は「本来備えているべき性能,品質に欠ける点があれば瑕疵に当たる」として一審判決を変更,AGC社に支払いを命じていた。問題となった土地は,足立区と荒川区を結んで08年に開業した「日暮里・舎人ライナー」の建設に伴い,用地買収のため立ち退いてもらう人に提供する代替地になるはずだった。一,二審判決によると,公社は91年にAGC社から23億円余りで土地を購入。05年の土壌調査で最大で基準の約1200倍のフッ素が検出された。
汚染判明後,立ち退く人が土地の受け取りを拒否したため,足立区は掘削などの汚染対策をしたうえで公園用地として利用することを決めた。
瑕疵(かし)というのは,「キズ」と思ってください。 商品にキズがあったとき,売買契約の時に分かっていれば,買うのをやめるなり,それなりの値段に下げてもらうなりすれば済む話です。
しかし,商品に,ちょっと見て分からないキズ(隠れた瑕疵)があって,後で分かった場合はどうなるのか。 民法は,「隠れた瑕疵」があったとき,買主は,売主に対して損害賠償請求(場合によっては解除)できると定めています。
フッ素は,急に有害になったのではありません。 あるときを境に,その有害性が公認されただけです。
では,認知されていないが有害である 有害物質は,「隠れた瑕疵」ではないのか。
難しい問題です。
と言うより,これは,理屈で白黒つくものではありません。
買主は,賠償を認めてもらわないと損します。 しかし,売主としては,後になって賠償請求を受けるなんて,たまったものではありません。 どちらにも言い分があります。
他方,国の施策次第で,一旦正常に為された取引が,後日,ケチをつけられることになるとすれば,全国で数多の紛争が勃発しかねません。 取引や法律関係は,早期に安定させるべきです。
こういった,法律解釈の取引当事者に与える影響,社会に対する影響,諸々の利益衡量・価値判断によって,あるべき法律解釈を定める。それが,司法の役割です。
本件は,地裁,高裁,最高裁で,それぞれ,結論が分かれたようです。
最終的に,最高裁は,損害賠償請求を認めない,と判断しました。
最高裁判例は,事実上,今後の実務を拘束する力があります。