事故症状固定後の治療費請求へ 損保打ち切りで町田市

投稿者: | 2010年3月2日

(西日本新聞2010年3月2日より)
東京都町田市で2002年に起きた交通事故をめぐり,被害者の「症状固定」を理由に保険金支払いを打ち切ったあいおい損害保険(東京)と加害者側に対し,国民健康保険で治療費を負担している町田市が,計約300万円の支払いを求め東京地裁に提訴する方針を決めたことが2日,分かった。
市によると,市内に住んでいた男性は02年10月,車の運転中に追突事故に遭い,足などに触れられると激痛が走る症状が現れ,障害者の認定を受けた。
加害者と契約していたあいおい損保は「回復の見込みがなく,症状が固定した」と判断して保険金支払いを04年11月で打ち切り,逸失利益などに関する補償の示談を求めたが,男性側が拒否。男性は患部の痛みを緩和する注射などの治療を続け,国保で費用を支払っているという。
市は「男性の症状が事故に起因しているのは明らか。治療の必要がある限り,加害者や保険会社の側で負担するべきだ」と主張している。

国保の財務状況はとても悪い。 そんな中で,ついに来た,という動きですね。
でもこれ,ちょっとどうかな,と思う話です。
損害賠償に関する従来の判例理論から言えば,症状固定により,損害が確定します。
症状固定は治癒のことではなく,症状が残る場合があります。 そんな時には,症状固定時に残っている症状を「後遺症」と評価し,「後遺症に対する補償金」(慰謝料及び逸失利益)を算定した上で,損害が確定します。
そして,被害者は,「後遺症に対する補償金」も含めて,一括にて,賠償金を受け取る権利があります。
手にした「後遺症に対する補償金」を,実際,何に使うかは,被害者自身の選択です。 ただ,理屈上は,症状緩和を図るための費用(治療費)とか,生活費等にあてられることが想定されているものだと言えます。
つまり,端的に言うと,被害者が症状固定後に治療を受ける場合,その費用は,自己負担(「後遺症に対する補償金」の使い道の1つ)なのです。

だから,上の記事の被害者のように,自己負担を認めたくなくて示談を拒み,加害者側と睨み合いの状態になる方がいらっしゃいます(恐らく,RSDで神経ブロック注射を受けているとかで,「後遺症に対する補償金」では今後の費用を賄い切れないと思ってるのでしょう)。
しかし,上で述べたような理屈から言うと,国保が,症状固定後の治療費を加害者側より回収するということは,本来 被害者が手にするはずの「後遺症に対する補償金」の一部を先取りする,ということになりかねません。

どのような法律構成で請求されるのか。 いずれ,かなり難しい訴訟だろうと思います。

この関連で,条文を紹介し,補足しておきます。
※国民健康保険法
第2条 国民健康保険は,被保険者の疾病,負傷,出産又は死亡に関して必要な保険給付を行うものとする。
第64条 保険者は,給付事由が第三者の行為によって生じた場合において,保険給付を行ったときは,その給付の価額の限度において,被保険者が第三者に対して有する損害賠償の請求権を取得する。

※健康保険法
第1条 この法律は,労働者の業務外の事由による疾病,負傷若しくは死亡又は出産及びその被扶養者の疾病,負傷,死亡又は出産に関して保険給付を行い,もって国民の生活の安定と福祉の向上に寄与することを目的とする。
第57条 保険者は,給付事由が第三者の行為によって生じた場合において,保険給付を行ったときは,その給付の価額の限度において,保険給付を受ける権利を有する者が第三者に対して有する損害賠償の請求権を取得する。

上の各条文で,「保険者」とは,健康保険組合等のことです。 交通事故を前提にすると,「被保険者」・「労働者」・「保険給付を受ける権利を有する者」は被害者のことで,「第三者」が加害者です(加害者の任意保険会社は,加害者側の関係者に過ぎませんから,条文には出てきません)。
ここで重要なのは, 国民健康保険法も健康保険法も,交通事故等での受傷について,健康保険の利用を制限していない,ということです。

健康保険の不使用は,患者にとってリスクがありますから,注意が必要です。