保険金受取人の変更 三題

投稿者: | 2010年6月25日

 保険金受取人の変更にまつわる最近の裁判例について,ちょっと調べてみました。
 キーワードは,「確定的意思表示」。

  1. 保険金受取人の変更を,口頭で告げた事案 (有効事例)。

    平成20年 2月14日 東京地裁判決
    (保険事例研究会レポート 233号16頁)
     Aが,Aを被保険者として被告保険会社と契約していた生命保険につき,もともとの受取人はAの離婚した妻である原告であったが,その後,Aは再婚し,原告から現妻に保険金の受取人を変更しようとした。
     しかしながら,被告保険会社の誤った教示のために,受取人変更の書類が出されていなかった。
     そこで,原告が,Aの死亡後に,被告保険会社に対して保険金の請求をした事案。

     裁判所は,Aから現妻に保険金受取人を変更する意思表示があったこと,その場合に保険者である被告保険会社への意思表示は必要なく直ちに変更の効力が生じ,被告への通知は変更の効力要件ではなく対抗要件に過ぎないことを認定判示し,原告は当該保険金に対する受取の資格を喪失しているとして,原告の保険金請求を棄却した。

     受取人の変更は,確定的な意思表示であれば,方式を問わないと解されます (最判決昭和62年10月29日・民集 41巻7号1527頁・判タ 652号119頁)。
     つまり,口頭でも足ります。
     もっとも,口頭にとどまる場合であって なお,確定的な意思表示があったと言える場合は,レアでしょう。

     本件は,Aは必要な手続をとろうとしたものの,保険会社の誤った指示で,書類提出に至っていないという特殊な事案です。
     かかる事情の下では,口頭にとどまるとしても,確定的な意思表示があったものと認められ,受取人変更が認められました。

  2. 保険金受取人の変更を,口頭で告げた事案 (無効事例)。

    平成18年 1月16日 東京地裁判決
    (公刊物未搭載)
     被保険者の死亡に伴い,保険金受取人の原告が,被告保険会社に対して保険金給付の請求をした事案において,裁判所は,被保険者(原告の叔父)が,生前,生命保険金の受取人を,「法定相続人」から原告に変更したこと,その後に原告の父に変更したい旨口頭で被告保険会社に電話があったが実際には手続が為されていないことから,原告を保険金の受取人と認定した。

     また,被保険者の唯一の法定相続人である参加人が独立当事者参加し,保険約款では受取人変更については保険証券に対する裏書が必要とされており,本件保険証券には裏書がなされていないことをもって,原告に対しては本件保険金請求権が参加人にあることの確認,被告保険会社に対しては保険金給付を請求した。
     これに対して,裁判所は,保険証券への裏書は変更の効力発生要件ではなく,保険者である被告保険会社に対して保険金請求を行うための対抗要件と解すべきであるとして,本件保険金の受取人は参加人から原告に有効に変更されたものと認定判示して,参加人の請求をいずれも棄却した。

     当事者多数で 複雑な事案ですが,興味深い内容を含んでいる判例です (独立当事者参加というのは,原告・被告の間の訴訟に,第三者が割って入って参加するという民事訴訟法上の制度です)。

     大雑把に単純化すると,
     ・ 原告への変更は,確定的な意思表示であり,有効
     ・ 原告の父への変更は,意思表示として不確定であるので,無効
    というのが結論です。

     原告への変更は,手続がほぼ履践されていることをもって,確定的意思表示と認められました。 参加人が主張していた形式上の不備 (保険証書に裏書していないこと) は,全く問題にされませんでした。
     他方で,原告の父への変更については,純粋に口頭にとどまります。 裁判所としては,このレベルでは,確定的意思表示と認めませんでした。

  3. 保険金受取人の変更を,遺言書に書いた事案(一部無効事例)。

    平成15年 9月 4日 神戸地裁判決
    (裁判所ウェブサイト)
     亡Aは訴外保険会社2社と生命保険契約を締結し (死亡保険金は1200万円と5000万円),いずれも被告を保険金受取人としてあった。
     原告は,亡A作成の自筆証書遺言により受取人が変更され,原告が保険金のうち一部である1000万円を受け取ることになったとして,被告に対し,不当利得に基づき1000万円の支払を求めた。

     裁判所は,遺言による受取人変更の不明確性について,亡Aの合理的意思を推測して,生命保険の各死亡保険金額に応じた按分額で,それぞれの保険契約につき受取人及び受取額を変更する趣旨の記載とみるのが相当であるとし,また,遺言による受取人の変更は,遺言者の死亡と同時に効力を生じ,遺言のとおりに死亡保険金の受取人が変更されるものと認めるのが相当であるとして,原告の請求を全て認容した。

     遺言において,生命保険金受取人を指定・変更することは,可能です (たとえば,東京高判平成10年3月25日・判タ968号129頁,東京地判平成20年8月27日・公刊物未搭載)。
     問題は,確定的な意思表示があるかどうか,です。

     この事案,詳細に見ると,遺言書の記載は,「1 死亡生命保険(日本生命・住友生命)の受取人を変更する」,「1 右生命保険のうち金1000万円を原告に残す」となっており,2社との間に生命保険契約があるにもかかわらず,そのどちらであるかが特定されていませんでした。

     裁判所は,遺言をすべて無効とすることはせず,その合理的な意思解釈によって,原告の権利を救済しました。
     Aが,原告に1000万円を遺贈しようとしたことは,確定的な意思であると判断したものです。